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6月27日

6月27日の朝、実家の祖母が他界しました。享年94歳です。

今年の2月に祖父が他界してから、わずか4ヵ月後の出来事でした。祖母は十年以上前からアルツハイマーを発症し、5、6年前からは、もう祖父のことや父のことも誰だかわからないようになっていました。体もかなり弱っていて、食べ物を自分で摂取することができなくなっていました。自宅での生活は無理なので、入院して胃に管を直接挿入してそこから食事を取る生活が続いていました。

ただ、愛想がとてもよく、看護師さんから名前を呼ばれるといつも笑顔で応えていたようで、病院でも人気者だったそうです。

生前の元気な祖母は、家事をよくやっていた印象があります。料理も沢山作ってもらいましたし、いろいろと珍しいものを食べさせてもらった記憶があります。若いころからハイカラ好きで、父は遠足の弁当にカレーサンドイッチなるものを作ってもらい、みんなに自慢して食べたそうです。家庭菜園も積極的にやっていましたね。インゲン豆?の収穫を手伝ったことを良く覚えています。収穫したあと、筋を取るのが私の仕事でした(笑)。

祖父が2月に亡くなった時点では、アルツハイマーが進行し過ぎていたため、祖父が亡くなったことを理解出来てはいなかったと思います。でも、本能的に何かを感じ取ったのでしょうか。つがいの鳥は一方が死んでしまうと、もう一方も死んでしまうと言いますが、その言葉通り、祖母は祖父の後を追うように逝ってしまいました。

私は祖母には長生きしてもらいたかったですが、病状がひどくずっと寝たきりの状態になっていことを考えると、はやく楽にしてあげたいという気持ちもあります。そう思うと、このタイミングで亡くなるのが、祖母には良かったのかもしれません。おそらく、この気持ちは私よりも父の方が強かったと思います。

祖父が末期がんであることが判明した時、父は祖父をそのまま逝かせてあげたいと考えたようです。特別な治療は一切なし。今の医学なら、多少の延命は可能なのでしょうが、祖母の痛々しい姿をみていた父は、祖父がそうなりながらも生きていることを望みませんでした。辛かったと思いますが、きっとこれが最後の親孝行だと考えたに違いありません。

祖父のときは参加出来なかったのですが、今回は葬儀に参加することができました。葬儀で父が喪主をつとめたのですが、喪主挨拶で生まれて初めて父の涙を見ました。母は涙もろくい性格なので、何度も涙を見たことはあるのですが・・・  いろんな思いがこみ上げてきたに違いありません。

火葬した後に、骨上げをしたのですが、祖父よりも一回り骨壷に収まりました。体もそれほど大きくはなかったですからね。納骨すると祖父の横に祖母の骨壷が並ぶことになるのですが、その絵は夫婦が肩を並べるようになりそうです。早く側においてあげたいものです。

これからは、夫婦仲良く天国で末永く暮らして下さい。

写真は、軽井沢高原ビールの2010バージョン、アイリッシュ・レッド・エールです。姉夫婦が父の日にプレゼントしたようですが、批評に受けが良かったです。苦味があまりなく、コク・甘み・香りが濃厚なビールですからね。ビールが苦手な人にも、お勧めできる1本です。
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プロフィール

ひろ@右脳人間

  • Author:ひろ@右脳人間
  • 名前:ひろ@右脳人間
    年齢:36
    性別:男

    高専を卒業後にSIerに就職してITエンジニアとして働く右脳型人間が、何を思ったか司法試験にチャレンジ。

    中央大学法学通信教育課程を卒業後、中央大学のロースクール(既修)に入学し,生まれ故郷の高知県高知市で法律事務所を開設しました。
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